晴れた。今日は1日晴れていた。久々の青空は高く潤み,風は湿った緑の匂いをふくんで,ため息のように濃厚だった。草いきれに薫るこの風はすでに初夏のものではない。今日から夏だ。夏が始まる。

今朝は珍しく,妻がコーヒーを飲むと云うので,それに付き添って近所のコーヒースタンドまで散歩をした。僕はコーヒーを飲まないので手持ちぶさたのまま,会計に並ぶ部屋着の妻の,その後ろ姿をぼんやり眺めていた。そこから少し視線をずらすと,影のように延びた路地の先で,明治通りアスファルトがほのかに揺らめいていた。

あまりにも天気が良かったから,今日は出社することにした。久しぶりに背広ではなく,ポロシャツで出勤した。職場に着くなり他のスタッフたちから"今日はやけに爽やかですね",と続々声を掛けられる。そうか,やはり背広姿というのは暑苦しく映ってしまうものなのだな。見渡せばみんなすっかり夏らしい格好で仕事をしている。とはいえどうにも,カフスもネクタイもないまま書類仕事をする違和感に耐えかねて,早めに自社の仕事を切り上げた。

それから新小岩に移動して,取引先の事務所で調達関係の報告をしたり,営業進捗の報告を受けたり,面接の設定をしたり,Slack の新機能を試そうと思って挫折したりして,一通り仕事が終わったのが21時前。このあたりでようやく朝昼を食べ損ねたことに気がつく。

帰り道,電車内,気かがりなスタッフと文面でやり取りしていたら,最寄駅を乗り過ごしそうになる。あわてて電車を降りると今度は,自動改札にひっかかる。定期代わりの AppleWatch の電源が乗車中に切れたせいだった。血の気が引く。まずい。現金がない。カードと携帯しかない。どうせ両方使えない。万事急す。どうする。なにはともあれ蒼ざめた顔で駅員室に飛び込むと,僕の窮状を察してか爽やかな駅員は実に慇懃に対応してくれた。久しぶりに電車など乗るとすぐにこうだ。

夕食はハヤシライスだった。僕も料理を手伝わせてもらった。といっても言われるがままに炒め物をしただけだ。色味のいい薄切りの牛肉が,鉄板の上で変色していくのを眺めているのは,これは果たして料理だろうか。などと逡巡しつつ僕がぼーっとルーをかき混ぜていると,その間に妻は器用に卵を仕立てては綺麗に皿に盛り付ける。そして出来上がった料理は,曰くオムハヤシ。ああ,オムハヤシ。この語感のミスマッチがたまらない。オムとハヤシ。水と油。北風と太陽。ロミオとジュリエット。この,スシバーやカミカゼアタックをはるかに凌駕する圧倒的なエキゾチシズム。合成語らしからぬ一体感。思わずアクセントの位置をずらしたくなる洒脱なシニフィアン。ちなみに味はきっちりぴったり予想通り。

それから未来の商売について妻とあれこれ話しているうちに,こんな時間だ。