自宅の水道水が,そのままだとどうにも飲むにはぬるい。夏に飲む水には潤いよりもまず冷ややかなことを求めたい。そこでこまめに氷を作り置く。夜中などに喉の渇きに目を覚ます。うつらうつら,アルミ製のタンブラーに水を注ぐ。そこに氷をひとつかみ落とす。ぴしぴしとヒビの進む音がする。つーっと泡の抜ける音がする。くっと一口含む。ほてった食道を冷感が駆け抜ける。うまい。夏の水の味だ。夏の夜はだいたいこうして目が醒めてしまう。

ぶあつい肉を食べたくなって,妻を誘って近所のステーキハウスに行った。昔何度か1人で行った店だ。今度は2人連れ立って地下への階段を降りる。煉瓦造りの内装も,店中を充す乳臭い脂の匂いも,何も変わっていなかった。いい店だなとしみじみ思う。妻も,果たしてこの店の燻したような世界観がいたく気に入ったようだった。それから僕は14オンスの,妻は8オンスのサーロインを注文した。店内の様子に聞き耳を立てながら待つこと20分ほど。これこれ,という見た目の,きわめて肉らしい肉が提供される。食べる。熱い。厚い。うまい。一口食べるごとに,いい店だなとしみじみ思う。妻も普段からは考えられない食べっぷりで,大ぶりの肉をぺろりと完食していた。

自宅から四谷の方まで散歩をした。三井のホテルの広場を横切り,繋がる無名橋を渡り,渡りながら首都高を見晴らして大京町へ抜ける。そのまま外苑西通りをさまよい,新宿御苑から富久町,住吉町,愛住町を抜けて,四谷三丁目の交差点で信濃町方面へ引き返した。曇天の垂れる四谷の路地裏は,気配が淀んていて怖気付いた。土曜の宵には似つかわしくない不穏さがあらゆる物陰に息を潜めているようだった。信濃町からはおとなしく原宿の方へ戻るつもりだったのだけれど,夕食の予約時間の都合で結局は国立競技場の周囲をぐるっと一周した。一周しながら驚いた。まず空間に行き届いた整備に驚いた。都内の公共空間としては屈指に手が掛かっている。次に人の少なさに驚いた。土曜の夜の渋谷の大公園にしては,人の気配があまりにまばらで,静まりかえっている。そして外周の広さに驚いた。5分くらいで一周出来ると踏んでいたのが,15分掛かった。途中何人かランナーの姿も見かけた。わかる。あれは実に走りたくなる空間だ。自分の足を踏み締めて駆け抜けたくなる近未来感だ。